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東京地方裁判所 昭和30年(行)51号 判決 1956年9月17日

原告 太田達治

被告 秋多町長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「東京都西多摩郡多西村長が昭和三十年三月二十八日なした同村村有財産たる原野二町七反四畝二十歩の処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、東京都西多摩郡多西村は昭和三十年四月一日同郡東秋留村及び同郡西秋留村と合併して同郡秋多町となつたが、多西村村長村木光三は、右合併に先立つ同年三月二十八日、村議会の議決を経た上即日訴外清水秀雄に対し多西村村有財産たる原野二町七反四畝二十歩を代金五十一万円で売却した。原告は右多西村の住民であり被告は右合併後多西村村長の地位を承継したものである。

二、町村合併促進法第二三条の二第一項の規定によれば、町村合併を行うべきものとされている町村は、特に都道府県知事の承認を得た場合のほかは、町村合併前に財産の処分をすることができないにもかかわらず、多西村は前記の財産処分については東京都知事の承認を得ていない。又右の財産処分については地方自治法第二四三条による競争入札の方法をとらず、同法第二四四条による公表も行われていない。

よつて原告は、元多西村の住民として、元多西村村長のなした右の違法な処分の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。

三、町村合併促進法は、右のような違法な財産処分に対する監査の請求、異議申立又は訴願等の方途につきなんらの規定も設けていない。故に同法に違反する処分の取消を訴求するについては、訴願前置の必要はない。

仮に本件について地方自治法第二四三条の二の規定が準用されるとしても、原告は本件処分のあつたことを昭和三十年四月下旬に知つたのであるが、当時多西村は既に消滅し、村長は自然退任し、同条による監査の請求を受ける者が存在しなくなつたため、右の請求をすることが不可能であつた。更に又、合併後の秋多町の監査委員に対して右の請求をなし得るとしても、かゝることが可能であるか否か、又合併後の町村長は合併前の処分につき権限と責任を有するか否か等、本件については法規解釈上困難な問題があるため、一般人たる原告には適当な解釈が得られず、為めに原告は監査の請求をなす機会を失し、右の手続を経ることなく本訴提起に及んだものである。従つて右のいずれの理由によつても、本件については行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる訴願の裁決を経ないことについての正当な事由があると言うべきである。

四、被告は、本訴は原告自身の具体的な権利又は法律関係の紛争に関するものでないから、訴の利益を欠き不適法であると主張するが、本件訴は地方自治法第二四三条の二の場合と同じく、いわゆる民衆訴訟の一種であるから、原告が直接具体的な権利保護の利益を有しないにしても、関係村の住民として出訴の権能があると解すべきである。

被告は主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、原告は東京都西多摩郡多西村の住民として本件村有財産売却処分の取消を求めているが、かかる請求は単に抽象的、一般的に本件処分の効力を争うにすぎず、原告自身の具体的な権利又は法律関係の紛争に関するものでないことが明らかであるから、本件訴は請求についての正当な利益を欠き不適法であつて、却下されるべきである、と述べた。

理由

原告は、町村合併促進法に基く町村合併に際しての合併前の町村の違法な財産処分の取消を求める訴訟については、訴願若しくは監査の請求に関する規定がないから、これらの手続を経る必要がない旨主張するので、先ずこの点につき判断する。元来町村合併促進法は、市町村の廃置分合に関する地方自治法第七条の規定の特別法とみるべきものであり、都道府県知事に対し合併前の町村のなした処分を取り消す権限を与えた促進法第二三条の二第三項の規定は、町村住民の自治法第二四三条の二第一項に基く監査等の請求権及び同条第四項に基く訴権を奪うものではない。従つて促進法に基く町村合併に際して町村財産の違法な処分が行われたときは、都道府県知事が自ら右処分を取り消し得るほか、町村住民もまた自治法の規定に従い監査等の請求をなし、更に、右処分の取消を求めるため裁判所に出訴し得るのである。更にまた、地方公共団体の住民が単に住民としての資格に基いて、公共団体と第三者との間に行われた法律行為の取消を訴求することは、一般的には具体的な法律上の利益を欠くため、法律上特別の規定の存在する場合のほかは許されないと解すべきところ、法律上町村の住民が町村の違法な財産処分の取消を訴求し得るものと定めた規定は、自治法第二四三条の二第四項以外には存在しない。従つて本件訴は右の規定に基いてなされたものと認めるほかない。然るに右の規定によれば、町村財産の違法な処分の取消を求める訴は、監査委員(若しくは町村長)に対する監査等の請求をなした者のみが、これを提起し得るものであるにもかかわらず、原告が右の監査等の請求手続を経ることなくして本訴の提起に及んだことは、原告の主張自体に徴して明らかである。従つて本件訴は此の点において不適法であるから、却下を免れない。

また原告は、原告が本件財産処分のなされたことを知つた時には多西村も多西村長も既に合併によつて存在していなかつたから、監査の請求をなさずに出訴し得る旨主張するが、合併前の町村に関する法律関係は合併後の町村に当然に承継されるから、原告は合併後は秋多町の監査委員(同町が監査委員を置いていないときは、同町町長)に対し自治法第二四三条の二第一項の請求をなし得るし、又その請求を経た後でなければ出訴し得ない。従つて右の主張は理由がない。更にまた、本件については法規が難解であるため監査の請求をする機会を失したと原告は主張するが、独特の解釈を採らない限り、町村の違法な財産処分の取消を求める方法は促進法及び自治法の解釈上さほど難解な問題とは認められないのみならず、自治法第二四三条の二第一項の規定によれば監査の請求には期間の制限がないと解すべきであり、且つ同条第四項の規定の趣旨は、監査の請求をした者であつて且つその請求に対する措置に不服のある者に限り出訴の権限を与えたものであること、前段説示のとおりであつて訴願制度とはその趣を異にするから、地方自治法第二百四十三条の二第四項の規定による請求に関する規則(最高裁判所規則昭和二十三年第二八号)第二項の規定に拘らず、本件については行政事件訴訟特例法第二条を適用する余地はないものと解すべきである。従つて右の主張事実は同条但書の事由には全然該当しない。

従つて本件訴の提起は自治法第二四三条の二の規定に反した不適法なものであることが明らかであるから、これを却下し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条により敗訴当事者である原告に負担させることとする。よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

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